2016年御翼7月号その2

『地下足袋をハイヒールに履きかえて』―岩崎多恵

 

「新エンゲル係数」とは、生活のためにしかたなく行う仕事の時間の割合を表す(「生活費を得るための労働時間÷起きている時間」)。これは、地球物理学者で東大教授をしていた竹内均氏が提唱したもので、この係数が高いと、生活費を稼ぐために働く時間が長いということになる。つまり、本当にやりたいことと、それをやるために働かなければならない時間との割合なのだ。私たちの使命(天職)と楽しみが一致していれば、この係数は低くなる。使命とは、神の愛を受け取って、分け与えること(福音の宣言)である。
 株式会社アシェルの代表取締役・岩崎 多恵さんは、女性専用語学スクール(韓国語・中国語)とウエディングドレスの制作・卸・販売会社を経営する。好きな言葉は、「私の目にはあなたは高価で尊い」(イザヤ書43・4)である。クリスチャの両親が送ってくれた言葉だという。これから出会う沢山の人々に対してもその存在は高価で尊いという思いを常に忘れないでほしい、と伝えられ、これが人生でとても役立ったと、多恵さんはブログに記している。
 設備の会社を営む両親と、二百世帯の小さな村(奈良県吉野山)で平和に暮らしていた多恵さんだったが、17歳(高3)のとき、父親が突然、家族全員に集合命令をかけた。いつも陽気な父が、強張った顔で言った。「保証人になっていた人が逃げた。すごい借金を負うことになった。選択肢は二つ、夜逃げするか、みんなで力を合わせて返すかだ」と。両親の顔を見ると、「逃げない」と決めているのだけはわかった。父は創業した会社を売り、日雇い労働へ、母は老人ホームのヘルパーに、姉は看護助手、多恵さんと弟は現場作業員となった。高校生ができる割のいいアルバイトが、地下足袋を履いて、現場の山へ行って、チェーンソーとナタを使う仕事だったのだ。
 そして、28歳の時、ついに実家の借金をすべて返済した。17歳のときから11年が過ぎていた。その間、多恵さんは自腹で7年かけて休学を繰り返しながら、大学を卒業している。そして、在学中に、割のいいバイトとして、韓国にホームステイし、韓国人に日本語を教える経験をした。
 借金を返し終わった父は、日雇い労働を辞め、祖父母が残してくれた和菓子製造販売を継いで、再起を誓う。ところが、一年後、火事を出して父は大やけどを負い、顔も体も半分以上が人工皮膚となった。そして、火事から約2年後、脳溢血で亡くなった。父親との最期の会話が、「起業するなら、儲かることじゃなくて好きなことをやれ」であった。「どうして?」「好きなことは続くから」と父は言った。それまでは、「好き」というより、「正しいこと」を多恵さんはやろうとしていた。「好きなこと」と、「世の中から見て真っ当なこと」がごちゃまぜになっていたのだ。だから何でも三日坊主だった。特技も趣味もなかった。たった一つだけ、楽しくて仕方がなかったのが、「語学を学ぶこと」、正確には、「学んだことばを使って心地いい場所でお喋りすること」だった。
 多恵さんが好きなことは、「語学を学ぶこと」「韓国の文化を伝えること」そして、「心地いい空間を作ること」であり、これができるのは、韓国語の語学スクール、しかも女性専用の学校であった。これが後にくる韓流ブームに乗り、大当たりした。更にウェディングドレスのサロンも作り、今では、「地下足袋をハイヒールに履きかえ」、銀座でスクールとサロンを経営している。女性が素敵に変化していくお手伝いができる、この仕事は「私の天職だ」と多恵さんは言う。
 多恵さんの趣味は、「モデルルームめぐり」、最近興味のあることは、「今の時代に合った新しいテキスト作り」だという。両親から送られた聖書の言葉を守って事業を展開したところ、多恵さんの環境は、どこからでも食べ物が与えられる(趣味も仕事も一致した)楽園となった。
 岩崎多恵『地下足袋をハイヒールに履きかえて』(ミリオン・スマイル)より

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